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函館地方裁判所 昭和27年(ワ)304号 判決

原告 西山仁三郎

被告 岡村斌造

主文

被告は原告に対し上磯郡知内村字中の川三十一番地所在木造柾葺平家建一棟建坪六十九坪の内別紙〈省略〉図面表示の「い、ろ、は、に、ほ、へ、と、ち、」の各点を結んだ八角形の部分(斜線部分十四坪)を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として、原告は昭和二十四年六月中その所有にかゝる上磯郡知内村字中の川三十一番地所在木造柾葺平家建一棟の内別紙図面表示の「い、ろ、は、に、ほ、へ、と、ち、」の各点を結んだ八角形の部分(斜線部分十四坪)(以下本件家屋という)を被告およびその家族が居住のため無償で使用することを承諾し、被告は本件家屋に立入り以来現在まで使用している。原告が被告に本件家屋を無償で使用させるに至つたのは次の事情からである。すなわち、原告と被告とはもと未知の間柄であつたが、昭和二十一年中訴外本庄福太郎の紹介により知合となつたところ昭和二十三年十一月中被告は原告が上磯郡知内村で有力なる漁業家であることを知るに及び、被告所有の綿網八百間を原告に売渡すから原告において使用されたい旨を原告に申入れてきたので、原告は右網を原告経営の漁場に使用するに至つた。かくして原被告は親密となり、互に信頼するようになり、右使用貸借をなすに至つた。原告は被告が本件家屋に居住前の昭和二十三年から昭和二十四年にかけて、被告に対し次のとおり現金および下段記載の金額相当の物品を供給しその金額は合計金四万五千三百九十一円二十銭となつた。

昭和二十三年

鮭   五本五貫   金二千五百円

ムシロ 五十枚(古) 金二千二百五十円

同   三十枚(新) 金千九百十七円三十銭

中間縄 四丸     金七百六十円

木炭  二俵     金七百円

薪   二敷     金四千八百円

現金         金二万円

昭和二十四年

現金         金三千円

同          金四千円

米   一俵     金二千四百円

薪          金千八百円

木炭  一俵     金三百五十円

建ムシロ       金六百七十三円九十銭

薪          金二百四十円

計金四万五千三百九十一円二十銭

そこで原告は前記網代金の支払について右代金から右供給した金額を差引きその残額を支払うべく被告に交渉したところ、被告は右漁網は時価二十万円もするものであるといつて原告に不当の要求をなし、原告がこれを拒否するや、被告は原告が被告をあざむいて前記漁網を詐取したと称し、昭和二十七年六月中原告を函館地区警察署に告訴し、この告訴事件は同月二十日付函館新聞紙上に報道されるに至つた。これがため、原告はその信用名誉を著しく毀損され、取引上大なる支障を受けるに至つたので、同月三十日被告を誣告罪で函館地方検察庁に告訴した。ここにおいて原被告間の信頼関係は被告の右不信行為によつて消滅し、これによつて、本件家屋の使用貸借契約は当然消滅した。よつて原告は被告に対し本件家屋の明渡を求めるため本訴におよんだ、と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として原告主張事実中原被告が昭和二十四年六月中本件家屋について使用貸借契約をなし、現在被告およびその家族が本件家屋に居住していること、被告が原告を告訴し、右告訴事件が函館新聞紙上に報道されたこと、および原告が被告を誣告罪として告訴したことは認めるが、その余の事実は否認する、原告は本件家屋の所有者ではなくその管理処分権を有しながら、本件訴について当事者適格を有せず、本件訴は不適法であると述べた。〈立証省略〉

理由

一、被告は原告が本件家屋の所有者でなくその管理処分権を有しないから本訴請求について当事者適格を欠くと主張するが、原告の本訴請求は使用貸借契約の終了による借主の目的物返還義務の履行を求めるものであることは原告の主張事実に徴して明白であるところ、本件家屋について原被告間に使用貸借契約の成立したことは当事者間に争いがないから、原告は本件家屋の所有者であると否とを問わず、本訴請求について原告としての当事者適格を有することは明らかであるばかりでなく、成立に争いのない甲第九号証、原告本人尋問の結果(第二回)によれば本件家屋が原告の所有であることを認めるに充分であつて、証人西山博の証言、成立に争いのない乙第一号証は右認定を覆すに足りないし、被告本人尋問の結果は信用できない。従つて被告の右抗弁は理由がない。

二、原被告間に昭和二十四年六月中本件家屋について原告を貸主、被告を借主とする使用貸借契約が成立し、その後現在まで被告がその家族とともに本件家屋に居住していることは当事者間に争いがなく、右使用貸借契約において借用物の返還時期について定のあつたことは当事者の主張しないところであるから、借主が契約に定めたる目的に従い使用及び収益を終つたとき又は使用及び収益をなすに足るべき期間を経過した後においては貸主が返還の請求(一方的な解約の意思表示)をしたときに右使用貸借契約は終了し、借主において借用物を返還しなければならなくなるものと解すべきことは民法第五百九十七条に照し明らかであるところ証人本庄福太郎、小平石太郎、西山昭利の各証言および原告本人尋問の結果被告本人尋問の結果の一部を総合すれば次の事実が認められる。すなわち、原告は漁業家であるが、昭和二十三年十一月中、被告からその所有の二号漁網二千間および八号漁網六百間、十号漁網二百間(いずれも綿漁網)を預り、そのうち八号、十号の漁網について被告は原告が後に同種のものを返還することを条件として自由に使用することを承諾したので、原告はこれを自己の経営する漁場に使用した。当時漁網は統制品で自由に入手できなかつたが被告は引揚者であるところから引揚者の団体名義をもつて右漁網を公定価格で入手していたので、これを使用することのできた原告は非常な便宜を得、被告に恩義を感じ、その結果原被告は互いに信頼するようになり、親密な間柄となつたが、被告は当時住宅に困窮していたので、これに同情した原告は被告およびその家族に本件家屋を住宅として使用させるため被告との間に本件使用貸借契約を結んだことを認めることができる(右認定に反する被告本人尋問の結果は信用できない。)から、本件使用貸借の目的は被告および被告の家族がその住宅に使用するにあるものと認めるのが相当である。従つて本件使用貸借は被告において本件家屋に居住することをやめない限り「目的に従い使用及び収益を終わりたる時」は到来しないのであるが、被告において相当期間本件家屋を使用した後は貸主である原告は一方的意思表示により本件使用貸借契約を解約し、被告に対し本件家屋の明渡を求めることができるものといわなければならない。原告は原被告間の信頼関係が消滅したことによつて当然本件使用貸借契約は消滅したと主張するが使用貸借契約の当事者間における信頼関係が消滅したときには使用貸借契約が当然消滅するという法理は存在しないからかゝる事由によつて、本件使用貸借関係が終了したとする原告主張は理由がないが原告が本訴提起により被告に対し本件家屋の明渡を求めている以上、原告は本件使用貸借契約を解約し目的物の返還を請求しているものと認めることができる。しかして本件訴状が被告に送達されたのが昭和二十七年八月十六日であることは記録上明白であるから右返還の請求は被告が本件家屋を使用し始めた昭和二十四年六月から起算しても既に三年余を経過しており、これは民法第五百九十七条第二項但書にいわゆる「使用及び収益を為すに足るべき期間を経過したるとき」にあたるものと解すべきであるから、原告のなした右解約の意思表示は有効であつてこれより本件使用貸借契約は終了し、被告は借主として貸主である原告に対し本件家屋を明渡す義務があるといわなければならない。

三、もつとも、使用貸借においても貸主のなす解約の意思表示が権利の濫用となるときは無効であること勿論であるが、被告が原告を告訴し、右告訴事件が函館新聞紙上に報道されたこと、原告が被告を誣告罪として告訴したことは当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第二、第三号証、甲第六、第七号証、証人西山昭利の証言によつて成立を認める甲第一、第四、第八号証甲第五号証の一、二、証人西山昭利の証言、原告本人尋問の結果および被告本人尋問の結果の一部(後記信用しない部分を除く)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は被告から預つた漁網中二号二千円を返還したが、被告の承諾の下に原告が自己の漁場に使用した漁網八百間については右漁網の公定価格から原告が被告に供給した現金および物品の価格を差引きその残額を被告に支払おうとしたのに対し被告は右漁網の時価(闇価格)は二十万円以上であると主張し原告の申出を拒否したばかりでなく、昭和二十七年六月中原告が右漁網八百間を詐取したものとして原告を函館地区警察署に詐欺罪で告訴し、右告訴事件は同月二十日付函館新聞紙上に報道されたので原告はその信用名誉を毀損されたものと考えて憤慨し、同月三十日被告を誣告罪として函館地方検察庁に告訴し、更に本件訴を提起したことを認めることができ、右認定に反する被告本人の供述は信用できない。右認定のように家屋の使用貸借契約の当事者が著しく感情の阻隔を来した場合には、貸主が借主をその家屋から追い出すために故意に感情阻隔の原因を作り出したような特別の事情がある場合(かゝる特別事情は本件では認められない。)はともかく、そうでない以上貸主が右使用貸借契約を解約してもいまだ権利の濫用とは認めがたい。従つて原告が本件使用貸借契約を解約したことは権利の濫用とはならない。

四、してみると被告に対し右明渡義務の履行を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、なお原告は仮執行の宣言を求めるが本判決に仮執行の宣言を付することは相当ではないから仮執行の宣言をしないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

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